読売新聞−2001年(平成13年)10月02日(火)

シリーズ精神医療A

 −疾患と治療の現状−

 精神疾患が近年、うつ病を中心に増え続けている。ストレスの多い現代社会では、だれにとっても無縁の病気ではない。診療にあたる精神科医は「患者は決して怖い存在ではなく、社会の助けを必要とする人々だ」と強調する。精神疾患とはどのようなものか、治療の現状はどうなのか。患者数の最も多い精神分裂病を中心に紹介する。    (古川 恭一、原 昌平)

誤解の多い「分裂病」

「妄想」「緊張」などの型 人口の1%発病者に

名称変更の動き

 精神分裂病という病名には、患者の人格が分裂し、全く訳がわからなくなるといった印象がある。日本精神神経学会は「病気の実状に合わず、誤解を広げる」として、早急に名称を変更することを決めた。新しい名前の候補には、原語のままの「スキゾフレニア」、功積のあった研究者二人の名をとった「クレペリン・ブロイラー症候群」、病気の特徴から考えた「統合失調症」が挙がっている。
 分裂病の症状は多様だが、いくつかの類型に分けられる。自分や他者の考えが聞こえる、他者に操られるといった幻聴や妄想が起こる「妄想型」。体の硬直や異常な緊張を生じる「緊張型」。話や行動に脈絡がなくなり、物事への興味や積極性が乏しくなる「解体型」などだ。
 症状の重なりや移り変わりも多く、どれにも分類できない場合もある。幻聴、妄想は「いつも監視されている」「みんなが陰口を言っている」など、被害的な内容が多い。十代から三十代の若い年代に多く、人種、時代を問わず、人口の約1%が発病する。他の病気と比べても高い数字だ。
 原因は未解明だが、脳内の神経伝達物質ドーパミンの働きを抑える薬が効くことから、ドーパミンの過剰説が有力だ。遺伝病ではない。高血圧やがんと同様に、発病しやすい体質はあるが、環境の影響も大きいとされている。

進む薬物療法3割完治

十分な休養必要

 1950年代までは分裂病患者の半数以上が精神病院で一生を送った。しかし薬物療法の進歩で、最近は患者の9割が一年以内に退院する。病状も、昔より全般に軽くなったという。治療の柱は十分な休養と薬の服用だ。抗精神病薬は幻聴、妄想、緊張などの陽性症状を抑える。感情の平板化、自閉傾向といった陰性症状は改善が難しかったが、最近、これらにも比較的効く「非定型抗精神病薬」が登場した。
 現在、患者の約3割はほぼ完治する。約五割は薬を飲みながら社会生活を送れるが、服薬の中断や過度のストレスなどがあると再発する。重症化は1〜2割。ただし自殺率が全体の約1割と高く、回復期も注意が要る。
 和歌山市の「ももたにクリニック」の百渓陽三院長は、「再発を防ぐには、ストレスの少ない仕事の場、安心できる生活の場が必要だ」と強調する。妄想や幻覚が消えても、物事を正確に認識する能力や意欲が減退している人がいる。ストレスを受けると自分で処理できず、再発につながる。
 「意欲の低下も自信喪失の表れで、自信を取り戻すことが治療を助ける。そのためにも社会復帰施設などの支援を増やす必要がある」という。

急増 うつ病・神経症

バブル後に拡大主な病気の患者数の動向 ※人口10万人あたりの受診者数(厚生労働省「患者調査」から)

 うつ病、そううつ病は合わせて「気分障害」と呼ばれる。厚生労働省の調査によると、バブル崩壊後の93年から99年にかけて、うつ病で治療を受けた人は倍増した。働き盛りに過大なストレスがかかったことと、うつ病が社会的に広く認知されるようになったのが原因らしい。
 うつ病は人口の一割以上が一生に一度はかかるといわれるほどポピュラーな病気だ。きまじめで責任感の強い人ほどなりやすい。ゆううつな気分と不安、不眠などが続き、喜びの感情や食欲が失われる。被害的な妄想を抱くこともある。

回復期の自殺要注意

 最も問題なのが自殺。約15%が自殺を企てるといわれ、むしろ病状が軽い時や回復期に多い。「励まし」は、かえって患者の負担になるので禁物だ。
 うつ病の治療も休養と服薬が中心で、7〜8割は治るか軽快する。神経伝達物質セロトニンなどの量を高める抗うつ剤が効く。
 一方、そう状態では気分が異常に高揚し、自分が全能のような気がして、適切な判断力を失う。治療にはリチウム剤などを用いる。

理由なき不安の発作

 ストレス社会でもう一つ増えたのは、神経症やノイローゼとも呼ばれる「不安障害」で、合理的な理由のない不安が主な症状だ。強い不安発作に突然襲われる「パニック障害」、手を洗うなど特定の行動を繰り返さずにいられない「強迫性障害」、衝撃的な体験の後の心的外傷後ストレス障害(PTSD)、重い病気だと思い込んで実際に体に症状が出る「身体表現性障害」などもある。

「心のケア」足りぬ病院も 

「薬ばかり」の声

 「薬ばかりで話を聞いてもらえない」という患者の不満を、よく耳にする。なお残る隔離収容主義とスタッフ不足から、精神科なのに、病人への「心のケア」が足りない病院がまだ多いようだ。
 中には、薬に加えて「精神療法」にまじめに取り組む医師もいる。訴えを辛抱強く聞き、どういう人かを深く知る。患者を理解し、評価することで、少しずつ自信を取り戻してもらう。
 「20`の荷物を常に背負っているようなものですよ」。くすの木クリニック(大阪府大東市)の田川精二医師は、分裂病患者の日常をそうたとえる。薬の副作用もあり、とても疲れやすい。対人関係が苦手ですぐ緊張する。要領が悪く、ウソをつけない。
 「重荷の半分は周囲の接し方にある。見放されていない、大切に思ってくれる人がいる。そういう温かい見守りが病気の山を乗り越える力をつけるんです」

西園昌久 心理社会的精神医学研究所長 (福岡大名誉教授)西園昌久 心理社会的精神医学研究所長(福岡大学名誉教授)
欠かせぬ思いやり
 「精神病患者の多くは人生の挫折、病気になった悔しさなど複雑な感情を抱えている。そのことへの思いやりと苦しさへの共感が治療に欠かせない。また分裂病は早く治療するほど治りやすく、ノルウェーや豪州などは良い成績を上げている。日本では、社会の偏見を恐れて精神科に行きづらい状況があり、重くなって受診する人が多い。一般の医師の精神医学の知識も不十分だ。精神病はだれもがかかりうる病気だし、治療もできる。そのことを一般の人も知り、できれば保健所の心の健康教室や社会復帰施設のボランティアに参加して、患者にも接してほしい」

ある闘病男性 幻聴に促され作曲活動

 「詳しい説明、もっと」、 「早く楽譜に書き留めろ」。東海地方に住む淳一さん(35)は、一日に何回も男の声を聞く。同時に新しい旋律が聞こえてくる。それをヒントにクラシック系の音楽を作曲している。
 「声の主はモーツァルトみたい。幻聴だとわかっているし、作曲には役立つけれど、実際に聞こえるのは、うっとうしいものですよ」
 発病は七年前。ひどい頭痛がして会社へ行けなくなり、ゆううつな気分と不眠も続いた。内科では異常がなく、精神料を受診した。そのうち、だれかに尾行されている感じが強まり、「死ね」という声も聞こえて三か月間、入院した。
 任意入院だったが、最初の二か月は閉鎖病棟。「妻への電話は二週間許されず、その後も週一回に制限された。外出もできず、医師の診察は週一回でした」
 今は月一回の通院。診断名は「精神衰弱」だが、自分では精神分裂病のように思う。「診察はいつも五分程度で、薬をもらうだけ。もっと詳しい説明がほしい」
 退院後、幻聴が音楽に関するものに変わり、それを機に以前から関心のあった作曲活動を始めた。ただ、気分はいつも重い。会社勤めの妻、保奈美さん(38)は「家での会話はごく普通ですよ」と言うのだが、近所の人からどう見られているかも気になり、なかなか外出できない。
 楽しみはパソコン。電子メールで各地の病気の仲間と語り合う。自分のホームページも開いた。収入は障害年金だけだが、「作曲でメシが食えるようになる」のが夢だ。
精神障害を抱える淳−さんの作曲には幻想的なメロディが多い。この道で自立するのが夢だ。
精神障害を抱える淳−さんの作曲には幻想的なメロディが多い。この道で自立するのが夢だ。

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