読売新聞−2001年(平成13年)10月02日(火)

論陣論客

 「触法精神障害者の処遇は」

 大阪府池田市の小学校で起きた児童殺傷事件を一つのきっかけに、司法と医療のはざまに置かれがちな触法精神障害者の処遇が問題となっている。入院の必要性などを判断する第三者機関を作る案が検討されているが、社会の安全と障害者の人権に、どうバランスをとればいいのか。                 聞き手・解説部 菅野 良司

町野 朔(マチノ サク)氏

 上智大法学部教授(刑事法、医事法)。著書に「患者の自己決定権と法」「犯罪各論の現在」など。
80年から現職。 58歳。

 ―精神障害者の措置入院・退院を判断する新しい制度が検討されているが。

町野 現行の措置入院の判断が適正に行われているか、という問題があります。重大な事件を起こした人が刑事責任は問われず、比較的短期間の入院しかしない。あるいは、入院もしないで社会に出ているのではないかという批判があります。
 これに対して、医療側は「今日、明日の自傷他害のおそれは予想できるが、半年、一年というような将来までは予想できない。また、治療上入院の必要がなくなれば退院してもらうほかない」と言います。
 もっとも、開放病棟での処遇が難しい場合に早く退院してもらいたいとか、このような精神障害者の処遇には人員が必要なので大変だ、といったキャパシティーの問題もあるようです。

 ―きちんとした手続きを経ずに、司法と医療の間でドロップしてしまう人々も指摘されている。

町野 軽微な事件の場合に警察が検察庁に送検しないで処理してしまうケースや、事件を受けた検察官が措置入院になることを前提に容疑者を不起訴にしても、医療側の判断で入院にはならなかったりするケースもあるようです。また、都道府県知事の判断で措置入院が必要かどうかをみる指定医の診察すら受けさせないケースもみられます。
 これ以外にも、いろいろな段階で司法・医療の手続きから外れてしまうという現象が起きているようです。こうした司法と医療の問のすき問を埋めるために、運用を見直すばかりでなく、新たな制度を作る必要もあるでしょう。

 ―地方裁判所に、入退院を判断する第三者機関を設けるとの案が有力のようだ。

町野 機関の名前はどうあれ、新たな機関の判断に対し、最高裁まで上訴の手続きが保障されているのであれば、特別裁判所には当たらず、憲法上の問題はないでしょう。ただし、その機関の具体的な制度設計には困難な問題が生じてくるでしょう。
 第一に何を判断するのか。入退院の必要性だけなのか、責任能力の有無もそうなのか。鑑定人は何人か、再鑑定の申請があった場合にどうするのか、などです。
 このような制度を作ることは、現在の措置制度でも医療側が負っている保安的な要素を強め、そうした保安的判断を医療側の判断のみにゆだねず、その負担を和らげることにもなります。
 しかし、強制的な入院を行うことは、保安上の要請からだけでは憲法上できないと思います。彼は危険だからといって入院させておくことはできません。精神障害者より犯罪を起こしやすい健常な人間はたくさんいます。でも、彼らを保安拘禁することはできません。精神障害者を強制的に入院させる理由としては、医療上の必要性しかないのです。
 ―だから、治療スタッフのそろった専門施設が必要になる。
 町野 治療を名目にしながら、事実上、拘禁しているだけで治療してないというレッテル詐欺になってはいけません。精神医療の研究スタッフや、専門の看護スタッフを充実させた施設が必要です。また、新しい第三者機関が精神障害者に対する新たな差別を生むような事態を避けるため、社会全体の啓発も必要でしょう。

池原 毅和(イケハラ ヨシカズ)氏

 弁護士。全国に約1500ある精神障害者の家族会の連合組織「全国精神障害者家族会連合会」の常務理事。45歳。

 ―新たな第三者機関が、入退院を判断する制度が検討されている。

池原 入院して治療する必要性の判断が、適正化されること自体には賛成です。
 ただ、新しい機関を作ったからといって、適正な判断が保障されるかどうかは別です。現在の精神医学では、中長期の三年とか五年のスパンで「自傷他害のおそれ」を予想することは不可能でしょう。そうすると、判断するのは、社会防衛的な見地からの危険性でしかない。それは事実上、予防拘禁に近いもので、現在の法制度では許されないものです。
 専門医が入院の必要なしと判断した場合に、その新たな機関は専門医の判断を覆して入院していなさい、と言えるのでしょうか。その後の入院治療としてどんなことをするのか、医師としての良心が問われると思います。
 現在の制度を改善していく方向が現実的でしょう。例えば、現在は数週間の範囲で自傷他害の事件を起こす危険性を診ているのを、半年くらいの視点で幅広く診る。判断は現在より難しくなるでしょうが、そこは社会的な合意が得られると思います。
 精神障害者の起訴率が低いとか、脱法的に司法の手続きから抜け商ちている、あるいは、措置入院の診断すら知事の事務局レベルで受けさせないといった問題点は、正確なデータをきちんと分析して厳格運用するよう改善すればよい話です。

 ―一般的な感覚として重大事件を犯しても、罪を問われず、短期間の入院、あるいは入院もせず社会に戻ることに対する感情論もある。

池原 この社会の根底には、本人の努力で防ぎ得ることなのに、防がなかったから刑罰を与えるという基本的な合意事項があるはずです。病気でも何でも、結果が重大だから制裁を、という考え方ではない。社会の感情が、この基本的な原則を振り切ってしまう事態を心配しています。
 感情論の前に、やるべきことはあるのです。精神障害者を社会的に孤立させないことです。事件に至ってしまう背景には、障害者を抱えた家族の崩壊が見られます。家族だって長期のケアには疲れます。そこから崩壊や孤立が生まれる。家族を支援するプログラムやネットワークがしっかりしていれば、そうした事態を防げます。法務省のデータによれば、精神
障害者が起こした事件の約85%は初犯、初めて事件を起こした人です。ですから、起こしてしまった人をどう処遇するかよりも、事件を起こさないようにどのような対策を立てるかが重要なのです。事件は、社会の中で糸の切れたタコのように孤立し、症状も悪化したような最悪の状態で起きます。そうした事態に至る前の支援です。

 ―社会的な支援がまだ足りない。

池原 精神障害者のための作業所やデイケア施設などは、本当に足りません。逆に、そうした新たな施設の建設に社会の理解は得にくいし、既存の施設に対して地元の人々から排斥の運動すら増えています。事件後の処遇に新しい機関を作る以上に、社会の理解を深め、本人を取り囲む状況が切迫する前に地域社会から支援の手を伸ばす様々なネットワークを充実させることが緊急です。

寸言
 現在の精神保健福祉法による強制的な入・退院の手続きに、様々な問題が潜んでいるという点で、両氏の見解はほぼ一致している。が、町野氏は設計上の困難さを指摘しながらも、新たな制度の必要性を唱え、池原氏は現行制度の運用改善と事件発生の前段階での支援を強調する。
 以前から議論を呼んできた「保安処分」との関係で最も重要な視点は、町野氏の言う「医療の必要性しか、強制入院の理由にはならない」ことだろう。欧米では、保安色の強い強制入院の制度がある一方、犯罪と精神医療の研究が進み治療のレベルは高いとされる。新しい制度と同時に、医療の水準向上と社会的な支援が欠かせない。

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