朝日新聞−2001年(平成13年)8月28日(火)

記者は考える

「靖国」に米国も厳しい目

 「ミスター・ミウラ、日本人が悪いことをしていないというなら、我々がうそをついているとでもいうのか」
 そう問いつめてきたのは、第2次世界大戦中にフィリピンで日本軍の捕虜になり、多数の死傷者を出した「バターン死の行進」を体験した元米軍人だった。
 小泉首相の靖国神社参拝に関して、筆者は米国のテレビ・ラジオの討論番組に出たり取材を受けたりする機会があったが、中には「ヒトラーをたたえる神社をつくって首相がそこを訪れるようなもの」という激しい非難もあった。
 靖国参拝はアジア諸国だけとの問題ではない。米国でも教科書問題に続いて「過去の問題に取り組まない日本」という負のイメージを強めた。「日本自体の利益にならない。小泉首相の改革への姿勢を評価しているだけに驚いた」というハーバード大のジョセフ・ナイ教授のように、知日派・親日派からも懸念する声が聞こえてくる。

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 私はいつも、日本における歴史問題の難しさについて彼らに次の4点を説明する。
 まず、ヒトラーとナチスが外部から権力を奪取したドイツと違い、日本では支配層全体がずるずると戦争への道を進んでいっただけに特定の個人の戦争責任を議論することが難しい風潮があること。
 次にA級戦犯容疑者の岸信介元商工相が戦後首相の座についたように、冷戦下では反共産主義であれば過去の戦争責任がうやむやにされ、米国もそれを黙認したこと。
 3番目は、敗戦直後から欧州の枠の中で生きなけれはならなかったドイツと異なり日本は米国の方だけ向いていれば事足りていた。隣国との和解問題は「凍結」されてきており、日本は今後これに取り組まなければならないこと。
 最後は、日本では新たな国家像を模索する試みの中で、負の遺産と見なされてきたナショナリズムに新たな光が当てられているが、過去を美化する伝統的な勢力と、日本の自立を求める新しい風潮が混然となり、開かれたナショナリズムがまだ確立されていないこと、の4点だ。

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 単純な「ドイツ善玉・日本悪玉」論や、日本人の宗教観や国民性に原因があるという文化決定論への反論のつもりだが、この程度の意見でも、「日本を理解したい」との思いがよほど相手にあって辛抱強く聞いてくれない限り「ドイツは謝ったのに、日本は……」と言われ、最後まで耳を傾けてもらうのは難しい。そのくらい、歴史の問題をめぐる日本への視線には厳しいものがある。
 言論もグローバリゼーションの時代だ。靖国問題の論者も「国内向け」だけでなく、外国の聴衆を説得するだけの論理を磨く必要があるのではないか。

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