日本経済新聞−2001年(平成13年)08月17日(金曜日)

経済

遺伝子組み換え農産物

輸入国、安全審査 厳格に

遺伝子組み換え農産物とは=除草剤や害虫に強い穀物
Q.遺伝子組み換え農産物とは何ですか。
A.生物の細胞の中にある遺伝子は様々な遺伝情報を持ち、その情報に基づいて生物の体を構成するたんぱく質が形成される。組み換え農産物はバイオテクノロジー(生命工学)の手法を使い、農産物の遺伝子に別の生物の有用な遺伝子を人工的に組み入れ、その品種に元々はない性質を持たせた。代表例は除草剤に強い大豆や害虫に強いトウモロコシ。最近では早く成長するサケなど農産物以外でも開発が進んでいる。ただ消費者団体などからは、組み換え農産物の人体の安全に対する不安を指摘する声もある。
Q.日本の組み換え農産物の表示基準はどうなっていますか。
A.非組み換え食品と表示するには、食品メーカーなどが組み換え原料が混入していないと原産地証明などをもとに証明する必要がある。証明できれば組み換え品がわずかに混入しても「組み換え品でない」と表示可能だ。大豆とトウモロコシは、いずれも農水省が組み換え農産物混入率の上限として5%の目安を設定している。5%未満なら「非組換え」と表示できる。
Q.コーデックス委員会とはどんな組織ですか。
A.世界保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)が合同で設立した食品の国際規格を決める委員会だ。食品貿易の際に国・地域で食品の規格が違うと非関税障壁となる可能性もあるため、農産物で統一基準づくりを進めている。同委員会で取り決めたルールは世界貿易機関(WTO)が尊重するため、議論の行方が大きな関心を集めている。

▼食糧増産の期待を担う遺伝子組み換え農産物は世界的に増産傾向にある。日本など農産物輸入国では消費者保護の観点から安全性の審査を厳格にするなどの対応をしている。
▼未認可の組み換え景産物の流通禁止、表示義務化が食品業界の対応を追っている。混入防止対策で企業の原料調達コストは上昇、採算が悪化しつつある。
▼認可や表示など組み換え農産物に関する国際的なルール作りが急務になっている。安全審査は早くて2年後に確立される見通し。

輸出国は生産に前向き  国際的なルール作り急務

 大豆、トウモロコシなどの穀物を中心に遺伝子組み換え農産物は世界的に増産傾向にある。米国の組み換え農産物の生産比率(米農務省調べ)害虫に強いなどの特徴から単位面積当たりの収穫量が伸び、農家の増収が見込めるからだ。
 遺伝子組み換え農産物はまず米国で1996年ごろから商業生産が本格化した。米国では大豆を中心に生産が増えている。今秋、収穫が見込まれる大豆のうち米国では全体の約70%、トウモロコシは26%が組み換え品種となる。カナダ、アルゼンチンなどの農産物輸出国でも組み換え農産物の作付けが増えている。現在の組み換え農産物の主力は食用油原料と飼料用穀物だ。食用ではジャガイモの一部などで組み換え農産物が栽培されている。
 組み換え農産物は生産効率が大幅に向上するのが最大の利点だ。例えば米モンサントが開発した除草剤に強い組み換え大豆「ラウンドアップレディー」。普通の大豆だと除草剤の散布時に大豆が枯れないように、農薬の種類や雑草のタイプ、使用時期など様々な制約を受ける。ラウンドアップレディーは除草剤を散布しても枯れず、雑草が生えた場合に除草剤をまくだけで済む。同様に菜種やトウモロコシなどもモンサント、米デュボンといった大手メーカーが組み換え種子の開発を進めている。

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 農業生産者に都合の良い遺伝子組み換え農産物だが、消費者では組み換え農産物の評価は必ずしも高くない。食味が改善されるわけでもなく、消費者に特段のメリットがないからだ。むしろ人工的に作られたとの負のイメージがつきまといがち。なかには害虫に強い、飼料用の組み換えトウモロコシ「スターリンク」のように人体にアレルギーを起こす可能性が指摘される品種もある。そこで日本では、消費者を保護する狙いで4月に改正食品衛生法が施行され、未認可組み換え農産物の流通禁止のほか、安全審査と組み換え食品の表示義務が課された。
 法改正で表示対象になった食品は豆腐、納豆、コーンスナック菓子など24品目。今後はジャガイモ加工品も対象に追加する方針が示された。表示対象は遺伝子が組成するたんばく質が残り、遺伝子が検査で検出可能なものを考慮して決めた。例えば食用油は原料に組み換え大豆が混入する可能性もあるが、たんぱく質を含まないため表示対象から外れた。欧州連合(EU)はたんぱく質を含む、含まないにかかわらず、組み換え農産物を原料に使った食品全部を表示対象に定めている。

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 日本は農産物自給率が半分にも満たない食糧輸入国だ。米など輸出国は組み換え農産物の生産に前向きで、規制による組み換え技術の開発停滞を懸念する。年産国と消費国とでは組み換え農産物に対する認識に大きな差異がある。
 各国・地域間の規制の違いは、貿易や食品業界に及ぼす影響が大きい。食品メーカーは組み換え品の混入防止で価格が高くとも欧州など混入の恐れがない産地からの原料調達を余儀なくされ、採算の悪化につながる。組み換え食品の表示でも、米国など表示を課さない国から加工食品を輸入する場合は表示対象となり、一種の非関税障壁となる可能性もある。
 経済的な影響を避けるため、国際的な組み換え農産物流通のルールづくりの議論が進んでいる。食品の国際規格を定めるコーデックス委員会(事務局ローマ)は、組み換え農産物の流通を認可する場合の審査基準の統一を議論しており、2003年にも採択される見通しだ。小麦など新種の組み換え農産物の開発が進んでいるだけに、法急な確立が望まれる。一方で表示に関しては、表示を厳格にしたいEUと米国とで対立が激しく、ほとんど議論が進んでいない。


企業、混入防止策急ぐ

非組み換え原料調達でコスト増

 最近、ハウス食品の「オー・ザック」など大手食品メーカーのポテトスナックの自主回収騒動が相次いだ。いずれも原料に北米産ジャガイモ加工品を用いており、その加工品には日本で安全審査中で現存は流通が認められていない、ウイルス病に強い「ニューリーフプラス」という遺伝子組み換えジャガイモが含まれていたからだ。

日本で流通が認可された
遺伝子組み換え農産物農産物
(飼料用を除く)
じゃがいも            2品種
大豆                2品種
テンサイ             1品種
トウモロコシ           10品種
菜種               14品種
ワタ                6品種
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計6品種             35品種

 回収された組み換えジャガイモは国内で未認可というだけで、人体に悪影響を及ぼすと因果関係が認められたわけではない。厚生労働省の調査会は7月、安全上問題はないとした。回収騒動は4月の食品衛生法改正で未認可組み換え農産物の流通が禁止されたからだ。国内で認可された組み換え農産物は現存、飼料用を除き6作物35品種。これ以外の組み換え品種が食品から検出されれば回収対象になる。規制の背景には世界的な組み換え農産物増産に伴い生じた、消費者の不安への配慮がある。
 食品業界は遺伝子組み換え農産物の混入防止対策を急いでいる。日本で認可されていない組み換え農産物では、輸入品のジャガイモとトウモロコシ、パパイアに意図せざる混入の可能性が指摘されている。
 ジャガイモでは組み換え品種のニューリーフプラスが北米で全体の0.1%未満ながら生産された。このためハウス食品、東ハト(東京・渋谷)は原料のジャガイモ加工品を北米産から、2割ほど高いが混入の恐れがない欧州産に切り替えた。北米産を継続使用するヤマザキナビスコは、ジャガイモ加工品一コンテナ(20d)につき約15万円かけて水際で混入倹査を実施し、組み換え品種の原料混入を排除している。
 代表的な輸入穀物、トウモロコシ。日本は飼料用で年間1,200万d、食品用で400万d、合計1,600万d輸入し、その95%以上在米国に依存してきた。ただ米国産には、日本で食品、飼料用ともに認可されていない害虫に強い組み換え品種「スターリンク」の混入の恐れがある。

日本の穀物輸入(2000年実績、貿易統計)
中国から        大豆14万d、トウモロコシ15万d
南アフリカ共和国から トウモロコシ13万トン
豪州から        ナタネ42万d
カナダから       ナタネ180万d、大豆24万d
米国から        大豆360万d、トウモロコシ1430万d
ブラジルから      大豆75万d
アルゼンチンから    トウモロコシ24万d

組み換えトウモロコシ「スターリンク」の混入検査(米イリノイ州)

 実際、昨年秋には日本でスターリンク混入トウモロコシが確認されたため、米産地の出荷時に一d当たり3〜4jの費用をかけて混入検査を実施している。甘味料の異性化糖に使う食品用トウモロコシは米国産より約3割高いが、スターリンクを栽培していない南米など他産地へ切り替える動きが活発だ。今年はほぼ半分が米国以外の産地に切り替わる見通しだ。
 大豆などでは遺伝子組み換え品種でも流通を認められている品種もある。しかし表示による製品のイメージ低下を嫌って、企業は非組み換え原料の調達を進めている。国内の小売店で「組み換え原料使用」といった表示を目にする機会はほとんどないのが実態だ。
 納豆や豆腐に使い、年間百万d輸入する食品大豆は「この二年間ですべて非組み換え原料に切り替わった」(大豆問屋)。非組み換え大豆の調達は米などの農家と栽培契約し組み換え品と混入しないよう分別流通する必要が生じる。三井物産など大手商社はこうした方法で調達しているが、コストがかさみ豆腐メーカーへの納入価格は分別流通前に比べ約1割上昇した。
 こうした混入防止策や非組み換え原料の調達は、加工食品の製造コスト上昇につながるが、物価が下落している現状では「製品価格に転嫁できる状況ではない」(ヤマザキナビスコ)。食品メーカーの採算悪化の一因となっている。


日経新聞の過去の関連記事(当HPには未掲載)
▽欧州連合、遺伝子組み換え表示、全食品を対象に(7月26日)
▽削収された組み換えジャガイモ、「究全問題なし」(7月24日)
▽農相諮問機関、ジャガイモ菓子も遺伝子組み換え表示に(7月17日)
▽遺伝子組み換え食品、安全確保への国際指針で合意(7月17日)
▽未認可遺伝子組み換え作物の輸入体制見直し、商社が米産から切り替え(7月10日)         

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