毎日新聞−2001年(平成13年)05月18日(金)

みんなの広場
胸痛む ハンセン病患者の苦難

 私がまだ女学生時代、55年くらい昔のことです。沖津先生という中年の優しい先生がいました。授業中、沖津先生から、ハンセン病患者が隔離されている長島愛生園などの施設を先生が訪問された時の話を何回も聞かされました。
 昔はハンセン病は、遺伝と言われていましたが、遺伝ではなく、接触感染であること。潜伏期間が20年もあること。このため、祖父母などに抱っこされていた赤ちゃん時代に感染するが、20歳くらいになって発病するため遺伝と思われていた−ということでした。
 私の女学生時代から遺伝でないことが分かっていたのなら、もう少し隔離の仕方があったのではないかと思います。どうしてこんなにも長い年月放っておかれたのか、最近の新聞を読むにつけ胸が痛みます。
 病人を送り出す時の家族の思いはどんなだったか。そして今、家族の元へ帰りたくても受け入れてもらえない患者の悲しみ。何という不幸でしょう。国もできる限りの手を尽くしてほしいと思います。

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