読売新聞−2001年(平成13年)05月16日(水)

病院を変えよう 医療ルネサンス 通算2608回
裁判で問う−2− 「医師相手に医学論争」

証拠保全申し立て

 「サブ」はなぜ、虫垂炎で命を落とさなければならなかったのか−。
 中学一年生だった豊住三郎君(当時12歳、神奈川県逗子市)が、手術を受けた後に亡くなった90年6月。両親は、主治医から「死亡診断書の死因は、敗血症としておきます」と説明された。
 その言葉を聞きながら、父の武志さん(60)は「元気な子供が盲腸(虫垂炎)で亡くなるなんて、医療ミスだ」と叫びたい気持ちを押し殺した。
 葬儀が終わり、弁護士でつくる「神奈川医療問題弁護団」に連絡を取った。弁護士は、豊住さん夫婦が経過をまとめた10枚のメモを基に、裁判で勝てるかを協力医師と検討した。
 母の朝子さん(55)は当初、病院での出来事を思い出すのがつらく、裁判に乗り気でなかった。が、「サブのために何かできることを」と、むしろ主役は朝子さんに変わっていった。知り合いの医師にも、裁判で何がポイントになるか夫婦で相談した。
 弁護士と打ち合わせを重ね、問題点が絞られた。
 @1軒目の病院は、血液検査や超音波検査をせず、触診だけで胃腸炎と診断、虫垂炎を見過ごした
 A手術を行った2軒目の病院は、重い虫垂炎と分かっていたのに十分な手術後管理を怠り、腹膜炎から敗血症を招いた−。夫婦には、病院の過失は明らかに思えた。
 カルテやエックス線写真などを入手するため、裁判所に証拠保全を申し立て。サブの死から1年後の91年6月、二つの病院に、計6,900万円の損害賠償を求める訴えを横浜地裁に起こした。

原告に立証責任

 だが夫婦は、裁判に大きな誤解をしていたことにも気づいた。
 「真実は裁判所が明らかにしてくれるものだと無邪気に思っていたんです。ところが実際は、原告が診療上の問題点を指摘して、それを認めてもらうのが裁判なんですから」 
 医学に素人の自分たちが、専門家の医師を相手に戦えるのか。朝子さんの胸に不安が広がった。
 原告に過失の立証責任があることの重さ。医療過誤訴訟の難しさは、ここにある。民事訴訟の原告勝訴率は平均8割だが、医療訴弘は3割にとどまる。
 夫婦は、大学医学部の図書館に通い、難解な専門書を読んだ。虫垂炎に関連した一般書を買い込み、著者に手紙を書いて、話を聞きに行ったこともある。
 「元気な子が急死した。病院の率直な説明と謝罪が欲しかったのです」。ただそう思っていた二人は、好むと好まざるとにかかわらず、医学論争に踏み込んでいくことになった。

証拠保全
 カルテ(診療記録)や看護記録、エックス線写真など、病気や処置の経緯が分かる重要な証拠を入手する手続き。争いの意図が分かると病院も)身構えるので、提訴の前に裁判所に申し立てて行う。 弁護士費用30万円程度に加え、印紙、コピー代など経費が10−20万円はかかる。

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