毎日新聞−2001年(平成13年)05月16日(水)

所沢ダイオキシン野菜 テレ朝報道
農家の賠償請求棄却 さいたま地裁判決「主要部分は真実」

 テレビ朝日(全国朝日放送)のダイオキシン報道で野菜の価格が暴落したとして、埼玉県所沢市の農家ら376人が、同社と民間調査機関「環境総合研究所」(東京都品川区)に謝罪放送と損害賠償を求めた訴訟の判決が15日午前、さいたま地裁で言い渡された。佐藤康裁判長は、農作物のダイオキシン汚染が実際にあったことなどから「番組の主要部分は真実」と認定、農家側の訴えを退けた。

 判決によると、報道は99年2月1日夜、「ニュースステーション」の中で「汚染地の苦悩−農作物は安全か?」と題して約16分放映された。番組では、同研究所のデータを基に、久米宏キャスターが「野菜のダイオキシン濃度」と書かれたボードを示し、同市産野菜のダイオキシン濃度を「1c当たり0.64〜3.80ピコc」(ピコは1兆分の1)と指摘した。しかし、実際には3.80ピコcあったのは、野菜ではなくせん茶だった。
 農家側は「事実をわい曲して視聴者に誤解を生じさせた」と、野菜の価格低下分など経済的損失1億2553万円と慰謝料7520万円nの計約2億円の損害賠償を求めた。
 判決では、番組が農家らの社会評価を低下させ、名誉を棄損したとしてた。しかし、名誉を棄損する行為であっても、公共性や公益性が高く、主要部分で真実であれば、違法性は否定されるとの判断に立ったうえで、テレ朝や同研究所のこれまでの取り組みはこれらに該当するとした。
 原告側は判決後の会見で、控訴について「17日に弁護士の説明を聞いたうえで判断したい」と述べた。

予想外 農家ぼうぜん

 テレビ朝日(全国朝日放送)の人気ニュース番組のダイオキシン汚染報道で損害賠償などを求めた農家側の訴えは全面的に退けられた。15日のさいたま地裁の判決。農家側は、「予想外の判決」に肩を落とした。「放送の主要部分は真実」とされたテレ朝側は、「報道の意義を評価された」と胸を張った。しかし、野菜の暴落を招いた「ニュースステーション」報道の在り方や埼玉県所沢市周辺のダイオキシン汚染の深刻な実態は、今後の課題として残されたままだ。
 「大変残念な結果の一言です」。判決後、会見に臨んだ小高儀三郎原告団長は、落胆した表情で怒りをあらわにした。そして、「一放送で私たちが生活できなくなるという怖さを感じた」と振り返った。
 同席した長島佑享弁護士も険しい顔つきで「残念で不当な判決」と不満を表明。「判決は報道する側に立ったもので、視聴者の受け取り方や影響を受ける人の立場に立っていない」と非難した。
 一方のテレビ朝日側。 中井靖治・テレビ朝日報道局長(54)は判決後、埼玉県庁内で会見し、判決に「敬意を表する」と語った。そのうえで、結果として農家に迷惑をかけたことについて「教訓として今後の報道に生かしたい」と述べた。
 テレビ朝日代埋人の秋山幹男弁護士は「放送が予期せぬ結果を招いた時に、結果について謝罪責任を負わされると、報道が委縮する」と語った。
 番組の久米宏キャスターは被告に入っていない。会見にも出席しなかった。
 99年2月1日夜の「ニュースステーション」放映翌日から始まったホウレンソウなど所沢産野菜の市場の入荷拒否による価格暴落。年間を通して一番の出荷時期だけに、打撃は大きかった。
 テレ朝本社まで抗議に行った男性生産者(41)は「ダイオキシン排出を止める方が問題の根本的解決。忘れられた風評を再び招くような裁判ならやらない方がいいと判断した」と話す。

       積極的報道 継続が使命    服部孝幸・立教大数授(メディア法)の話
 若干、予想外だったともいえるが、評価すべき判決なのではないか。テレビ朝日の報道内容は多少の不正確さはあったが、完全な誤りではない。後の報道の中で一応のお詫びもしている。逆の判決が出ていたら、調査報道に悪い影響が出ていた。
 実際、JA側が訴訟を起こしたというだけで、その後のダイオキシンや産業廃棄物問題についての報道が後退した面は否めない。新聞など他のメディアも含め、市民社会の安心という視点に立って積極的な報道を継続することが使命だと思う。そのためにも、科学的データの報道には慎重さが必要で、場合によっては複数の報道機関が合同で調査する手法もあっていい。そこは報道側の反省材料なのではないか。

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