毎日新聞−2000年(平成12年)12月16日(土)

事件

小さな事件こそ心構えを

 毎日新聞に11月度に寄せられた読者からの苦情と本社の対応に対する「『開かれた新聞』委員会」の意見のうち、「旧石器発掘ねつ造」以外のテーマについて報告します。
                                                       【「開かれた新聞」委員会事務局】

規定、変更の必要感じぬ 玉木委員

 <呼称> 女性のスカートの中をビデオカメラで盗撮したとして、東京都迷惑防止条例(粗暴行為の禁止)違反の疑いで書類送検された男性タレント(44)を″○○さん″と報じた記事(11月1日朝刊社会面)について、「くだらないことをした男を、なぜ″さん″づけするのか。タレントなのだから呼び捨てでいいはずだ」という苦情電話が数件、東京本社に寄せられた。読者室は「毎日新聞は事件・事故報道に際して『報道される側の立場、人権』に最大限の配慮をし、呼び捨てはしていない。身柄不拘束で書類送検された被疑者には、氏名の後に肩書呼称もしくは敬称をつけている。ケースによって容疑者等をつけることがある」と説明した。朝日、産経、東京が″さん″づけ、読売、日経が容疑者だった。
 フリー・ジャーナリストの玉木明委員は「呼称に関する市民の意識、感覚の水準をうかがわせて興味深い。たまたま、容疑者呼称を付けていなかった時代の新聞に目を通す機会があったが、被疑者の呼び捨てには嫌な感じを抱いた。呼称に関する市民の感覚には、その時代の人間関係の意識が投影される。毎日新聞の規定に変更の必要性は感じないが、まだそれに違和感を感じる人も少なくないということだろう」。
 上智大数授の田島泰彦委員は「タレントという職業で本人が容疑を認めていることや一般人の場合に果たして『さん』づけになるだろうかと考えると、このケースは『容疑者』とした方が読者の感覚に合ったかもしれない」との意見だった。

 <女房役> 10月21日朝刊政治面の記事にあった「首相の女房役の官房長官」との表現について、「政治家のポジションを言うのに『女房役』は不適切で、違和感を覚える」と女性読者からの投書が東京本社にあった。この表現は以前から「男から見た古い男女関係の観念を固定化するもの」「暗黙のうちに″男が主、女は従″との見方が入っている」という批判があり、本社では「安易に使うべきでない」という意見が強かった。ところが他の記事も調べてみると、しばしば使用していたことが分かり、紙面をチェックしている社内組織・紙面審査委員会の「紙面審査週報」で社内議論の材料にするとともに、こうした対応を女性に回答した。
 テレビプロデューサーの吉永春子委員は「読者の指摘に、なるほどと思った。私はこれまでこの言葉を聞いても『しようがないかな』ぐらいで、そう敏感に反応はしていなかった。指摘通り『女房役』という言葉を軽々しく使うべきではないだろう」。
 田島委員は「『女房役』が『古い男女関係の観念』とか『男性優位の見方』を示すとは必ずしも考えない。時に立場や役割のニュアンスを伝える味のある表現だ。言葉には敏感であるべきだし差別的表現は吟味すべきだが、抗議を受けて直ちに『女房役』という言葉を紙面から消す前に、社内外の議論でどうするか模索すべきだ。言葉を抹殺するのは最後の手段だ」と指摘した。

警察発表、真実と限らぬ 田島委員

 <国籍問題> 8月11日朝刊社会面「金落ちたと注意そらし泥棒 容疑の外国人5人逮捕」の記事で容疑者を「メキシコ国籍」とした件で、メキシコ大使館から「容疑者は偽造旅券を使っており、メキシコ人ではないことが確認された。メキシコのイメージが傷付けられたので、その旨掲載してほしい」との要請文書が東京本社に届いた。警視庁の発表に基づいた記事だったが、再取材のうえ10月31日朝刊社会面に「逮捕の窃盗容疑者2人が偽造旅券所持 メキシコ人装う?」の続報を掲載。この旨を同大使館に伝えた。
 田島、玉木両委員とも「大使館の苦情には根拠があり、毎日新聞が判明した事実をフォローアップしたことは適切だった」と評価。田島委員はさらに「このケースは、警察の発表が永遠に真実とは限らず、間違いや正確性を欠く場合があるということを念頭に置かなければならない点や犯罪報道のフォローアップの必要性を教えてくれる。気が付きにくい小さな事件の時こそその心構えが必要だ。国籍や人種、肌の色などは記事で表示する必要があるか慎重に考えるべきだ。機械的に国籍を表示することは、外国人への偏見を助長しかねない」と問題提起した。

指摘は、やや過剰反応 吉永委員

 <下着写真> 「毎日写真ニュース」(5月20日大阪本社発行)が「景気を刺激」の見出しで2000円札をプリントした下着姿の女性の宣伝用写真を掲載した件で、東大阪市教職員組合女性部から「女性別紙であり、人権意職が希薄だ。多数の学校で掲示・活用されていることを編集段階で考慮したのか」との質問書が寄せられた。
 大阪本社写真部長は10月23日、「人権や差別問題などの配慮が十分でなかった。今後一層配慮していきたい」と回答した。
 玉木委員は「この苦情に、“虚を突かれた”ような驚きを感ずる男性も多いだろう。『無意識下に刷りこまれたジェンダーの根深さ』を思い知らされるような新鮮な感じを抱く。率直な反省の意を伝えた処置にも好感をもつ」。
 吉永委員は「写真自体は女性蔑視に当たらないと思う。『子供に悪い影響を与えるのではないか』との指摘もあったが、インターネットでいつでも裸が見られる時代に、紙面で下着姿の女性を載せたから問題というのは過剰反応すぎる。善意な部分もあるのだろうが、考えようによっては表現の自由を奪いかねない」。
 田島委員は「ニュースとして全く取り上げる必然性がないものではない。写真が女性蔑視に当たるとは思わないが、学校などで青少年が目にする媒体に載せるのが適切か疑問だ」と指摘した。

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