毎日新聞−2000年(平成12年)12月10日(日)

家庭

   子供が危うい 第5部 親たち-D

変わる父 育児やったら楽しいよ

 先生の歌に合わせ、父親らが両手をひらひらさせているのがガラス戸越しに見えた。横浜市泉区の「鳩の森愛の詩保育園」で開かれていた父親懇談会。ビデオプロダクション勤務の榎本俊司さん(40)は一瞬、目を疑った。
 「保育園は女、子供が行くところ」。長女が通い始めて数年間、そんな思いが消えなかった。
 月に最低1度は、バザーや行事で父親が駆り出される。が、大声をあげて餅をつく父親を見ると、「よく恥ずかしくないなあ」と遠巻きに見た。家庭でも、スキーや釣りには一人で出かけていた。しかし、二女、三女が入園し、「何か力になりたい」と思うようになった。安心して子育てできるのも、園のおかげだったからだ。

 園には、小学生が放課後に通う学童クラブもある。娘が2年生の時、学童の合宿で肝試しのお化け役を引きうけた。仕事柄、衣装、特殊メーク、効果音のテープを準備するのは難しくない。他の父親らと本気になって、取り組んだ。
 「忙しいはずの男たちが、仕事を早めに切り上げて熱中した。仕事以外の自分を出せる場があり、まず大人同士で楽しんだ。損得抜きで打ち解けて話すなんて、今までになかった」
 その後、保育園父母会の活動にのめり込んだ。役員会に洒を持ち込み、時には家庭の愚痴をさかなに飲んだ。スキー合宿や地引き網ツアーを企画した。

 そうして園に通ううち、我が子以外の園児たちの表情が見えてくるようになった。一人を「高い、高い」と持ち上げると、いつのまにか目の前に園児の列ができている。他の父子のやりとりを見て、子供との付き合い方を知った。
 「しんどい時もある。でも、子育てって楽しいかも、と体で感じた。仲間もいた。言葉で説明されても、たぶん分からなかったな」と榎本さんは振り返る。妻(41)も言う。「2人で子育てしているんだと思えるようになった。子供たちもより信頼するようになったみたい」

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 「育児をしない男を、父とは呼ばない」。いくら厚生省が叫んでも、育児休業をとる男性はまだ200人に1人。建前としては認知されつつあるが、企業中心社会で「子育ては母親任せ」の男性は多い。
 「鳩の森愛の詩保育園」の保育士、林和恵さん(43)も「育児にかかわっていないと、男性は『父親』にはなれない。でも、ここ数年、会社から帰ろうにも帰れないサラリーマンが増えている気がする」と話す。

 同保育園は、あの手この手で父親を保育園に引き入れてきた。父親懇談会では保育室に最初からビールを用意、延々と飲み語り、午前0時を回ることもある。バザーなどでは、火おこし、大工仕事などそれぞれ得意なことを任せる。「先生たちはおだてるのがうまい。『お父さんのおかげです』なんて言われて、結構その気になったりした」と告白する父親もいる。
 なぜ、父親なのか。瀬沼静子園長(57)は言う。
 「母親が一人で家事も育児も抱え込めない。母親が安定しないと子供の感情の起伏も激しくなる。だから、父親にぜひ子育ての楽しさを知ってほしい。そのためには、家庭とは別に、父親モデルを知る場が必要なんです」

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 「午後10時、11時に帰ってくる父親に、育児参加を求めても、疲れ切っていて無理。まず父親のストレスを解消しなければ、子供に目を向ける余裕など生まれない」。神奈川県海老名市の相模みのり幼稚園理事長、古郡宗正さん(49)は指摘する。
 8年前から、園児の父親が集う会「ダメおやじの会」を開いている。メンバーは約40人。ジャガイモ収穫祭、夏祭り、ソフトボール大会、たき火の会、カキ・パーティー、ウォークラリーなど、土日は行事が目白押しだ。
 最初の2、3年は、母親から「父親だけが遊んでいる」と苦情も出た。しかし、古郡さんは「父親が一生懸命遊ぶことが大切。父親には、家庭にも地域にも居場所がないんですから。子育てにプラスになるかどうかまでは期待していない」と言いきる。
 でも、子供が変わった。一生懸命の父親の姿を初めて見、「すごい!」と目が輝き出した。
 「父親はまず子育ての土俵にのること、それからなんです」
    
                                                                  【小島明日奈】

      (おわり)

 「親の背中を見て、子は育つ」と思っている。いくら親が偉そうに説教したところで、子どもは普段の親の生き方を見て、親の言うことが信用できるかどうか判断している。
 子どもに何かを伝えたかったら、何も言わずに親が実践して見せれば良い。計算などせず、期待もせず、ただひたすらに遊びも、仕事も一生懸命取り組むことだ。「時間が無い」は言い訳に過ぎない。それも、ちゃんと子ども達は判断出来る。

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