毎日新聞−2000年(平成12年)10月17日(火)

記者の目

山形新幹線不良まくら木問題

                佐藤敬一(山形支局)

観客の視点 忘れている−危機管理の意識見直せ

 乳製品による食中毒事件を契機に企業の危機管理が問題となっていた今夏、JR東日本は山形新幹線の山形−新庄駅間のコンクリート製まくら木に大量の不良品が見つかった、と公表した。だが、実際に「ひび割れ」などの不良まくら木が見つかり、原因が判明したのは開業半年にもならない今年5月のこと。JR東日本は3カ月以上も、この事実を公表せず、その後に判明した新たな事実についても虚偽の説明をした。不良まくら木は全体の約7%、4900本を超え、最終的にJRは「公表が遅れたのは不適切だった」と陳謝したが、乗客の安全にかかわる件での「情報隠し」は、どう考えてもおかしい。鉄道という極めて公共性の高い企業だけに、グループ全体で危機管理意識を根本から見直してほしい。

 JR東日本が「不良まくら木208本発見」を公表したのは、8月31日の記者会見だった。しかし、まくら木を製造した「ピー・エス」(本社・東京都千代田区)が必要な工程を飛ばす手抜き作業をしていたのは5月19日。3カ月以上も事実を公表しなかったのだ。仙台支社の幹部が「ひび割れは小さく、安全上、問題ないから公表しなかった」と平然と説明するのを聞いて、不信感がふくらんだ。

 ひび割れは最大で長さ20a、探さ15a。「ヘアクラック」と呼ばれる髪の毛のような細いものだ。だが、製造工程に手抜きがあり、不良まくら木の強度は通常より15%ほど弱かった。「通常であれば、開業から1年もたたないうちにこのようなひび割れが入ることは考えられない」(二村誠二・大阪工大工学部講師)との指摘もあった。

 JRが繰り返し主張するように、専門家の目から見たら「安全上、問題ない」のかもしれない。しかし、乗客にすれば「ひびの入った不良品のまくら木の上を最大時速130`で走ります。ですが、安全ですので心配しないで下さい」と言われているようなものだ。これで「安全」と信じる乗客はまずいない。

 8月31日の発表から1カ月以上たった10月3日にやっと陳謝したJR東日本の大塚陸毅社長は「専門家からみれば、安全に問題はなくても、大量に見つかれば普通の感覚では不安になる」と弁明したが、なぜこんな簡単なことに気付かなかったのか。

 雪印乳業の製品による食中毒事件では、雪印側の危機意識が欠けていたため、製品回収の遅れを生んで被害が拡大。結果的に企業にとって一番大事な「信頼」を失う大打撃を受けた。

 取材の過程で「雪印を見ても分かるように、もっと早く公表すべきだったのではないか」と再三、指摘した。だが、仙台支社の担当者からは「口に入るものをつくっているところと、うちとでは問題の性格が違う」と、反省の言葉は聞かれなかった。 果たしてそうだろうか。雪印の牛乳が買えなければ、消費者は違うメーカーの牛乳を飲めばいい。しかし、新幹線の代わりはないに等しい。「どうせ乗るから」とたかをくくったような発言は許せなかった。

 また、その後のJRの対応も不信感を増幅させた。別の会社が納入したまくら木3本にもひび割れがあったことが6月27日に分かっていながら、「ひび割れが小さいから」と9月28日まで隠し通した。さらに、トンネル内のまくら木約3200本については、検査していなかったにもかかわらず、「検査済み」と偽って発表した。再発防止や原因究明に至っては、9月末にようやく対策委員会を設置する有り様。頭を下げたおわびとは対照的に、真剣さはまったく感じられなかった。

 橋口誠之仙台支社長は10月2日の会見で「JRは被害者で、手続き上の不備は一切ない」と言い切った。確かに不良まくら木を製造したピー・エスとの関係でみれば、JRは不良品を納入された側かもしれない。しかし、本当の被害者は、その事実を知らされなかった新幹線の利用客ではないか。「被害者」の立場を強調するだけの支社長の頭に、昨年12月の開業を「便利になった」と心から喜んだ地元の人たちや利用者の姿があったのだろうか。

 昨年の山陽新幹線のトンネル内コンクリート落下事故では、対応が後手後手に回り、JR西日本の危機意識の希薄さが指摘された。今年9月に東海地方を襲った集中豪雨では、JR東海が新幹線の運行を続け、約5万人の乗客が車内で一夜を明かすはめになった。そして、今回の不良まくら木問題だ。

 JR東日本がこの問題で露呈した危機意識のなさは、JRグループ全体の体質と映る、と言っては言い過ぎだろうか。利用者の視点・立場に立って物事を考えるという危機管理の基本姿勢が、JRには欠けているのではないか。グループ全体で危機管理意識を見つめ直さなければ、同じような問題が再び起こらないとは言いきれない。

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