毎日新聞−2000年(平成12年)10月27日(金)

公選法改正 非拘束式導入

  各党、有名人求め奔走  有権者の反応は未知数

 改正公職選挙法が26日成立し、政党名だけでなく候補者個人名での投票も認められる非拘束名簿式が導入される。各党はこれから候補者探しに奔走するが、自民党の思惑通りに有名人の候補者が集まり、大量票が獲得できるのだろうか。「価値観の多元化で大量得票は無理」「職業政治家よりよっぽど好まれる」などさまざまな見方が出ている。

             【小林雄志、橋本利昭】

★大量得票?★

 26日朝、東京・紀尾井町のホテルで、五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子選手を育てた小出義雄積水化学陸上部監督が、村上正邦・自民党参院議員会長主宰の勉強会で講演した。個性を尊重する指導方針に感心した村上氏は「ラブコールしてみたい」と参院比例代表選への出馬要請に含みを残した。小出監督は記者団に「私はかけっこしかできない」と出馬を否定したが、政党が有名人擁立に高い関心を示していることを象徴する場面。自民党は歌手の松山千春さんへの出馬打診を検討している。

 参院選の旧全国区制では、テレビのクイズ番組「私の秘密」のレギュラー回答者で活躍していた藤原あき氏が1962年に初めて3ケタ台の116万票余でトップ当選してから、著名人が目立つようになった。同制度は80年の選挙まで続き、作家の石原慎太郎氏、アナウンサーの宮田輝氏らが200万、300万と大量得票した。

 しかし、これはテレビが各家庭に普及し共通の娯楽を享受するようになったころの話。最初に非拘束名簿式を提案した自民党の加藤鉱一元幹事長は「かつて石原さんらが(大量票を)取ったこともあるが、時代は価値観が多元化し大量票は取れない」と予想する。

 自民党選対関係者も「石原さんの300万は(宗教団体の)霊友会の応授も大きな理由」と話し、組織・団体のカが落ちた現在は状況が違うとの認識だ。

 しかし、逆の見方もある。コマーシャルを分析してタレント好感度調査をしているCM総合研究所(東京都港区)の関根建男代表は「情報化が進むほど一極集中する『バンドワゴン効果』という現象がある。マラソンの高橋選手のように報道が殺到すれば、(被選挙権はないものの)今仮に選挙に出れば300万票ぐらいは十分取れるだろう」。

 関根氏によれば、最近はウソをつかない等身大のタレントの人気が高い傾向にあるといい、「族議員より透明性があり、有権者によっぽど好まれるはず」と推測する。

★ラブコール★

 だが、タレントの側は政党からのラブコールに応じるのだろうか−。

 NHK放送文化研究所の「好きなタレント調査」では所ジョージさん、明石家さんまさんらが上位の常連だ。お笑いタレントを抱える吉本興業(大阪市)の中邨秀雄会長は「政党は、声を掛け、乗ってくれるならもうけもん。乗らなきゃそれでもええわ、という感じだろう」と党利党略絡みの動きを比判し、「芸能と政治の世界は逢う。出たらあかん」と安易な出馬に警鐘を鳴らす。漫才出身の西川きよし参院議員(大阪選挙区)は「こんなにニュースになると、かえって(政党が)タレント、文化人を選ぶことが難しくなる」と話し、政党側も自制すると見る。

 非拘束名簿式の導入は90年7月の第8次選挙制度審議会の第2次答申にも盛り込まれていたが、同審議会第1委員長だった堀江湛・尚美学園大学学長は「有権者が自分の利益に合った代表を選ぶことにしっかり時間を費やすようになれば、安易なタレントへの投票という弊害もなくなるが、今はその状況ではない」と述べ、人気投票化への懸念を隠さない。

★「タレント立てず」★    野党一線画す構え強調

 野党は26日、「『暗黒の木曜日』と日本政治の記憶にとどめられるだろう」(熊谷弘・民主党幹事長代理)と反発する一方で、新制度への対応を迫られる。民主、共産両党は「いわゆるタレント候補は立てない」(鳩山由紀夫・民主党代表)と、比例代表へのタレント候補路線とは一線を画す構えを示したが、集票力があり知名度が高い候補擁立は避けられないとみられるだけに、人材発掘に苦慮しそうだ。

 民主党の鳩山代表は「党利党略、私利私欲で選挙制度をねじ曲げた」と与党を批判。共産党の不破哲三委員長も「与党は国会が正常化したとたん、衆院でわずか10時間の審議で採決する暴挙に出た」と批判した。

★少ない得票で当選も★

 非拘束名簿式での参院比例代表選が来年夏の参院選から実施される。参院で審議拒否を貫いた野党は、衆院では「廃案に追い込む」と意気込んで審議に臨み、「票の横流し」から「女性参画阻止の制度」までさまざまな角度から批判を浴びせた。衆参合わせて質疑日数7日間のスピード審議の中で何が明らかになり、何が疑問として残ったのかをまとめた。

                【及川 正也】

★投票方式の限界★

 24日の衆院政治倫理確立・公選法改正特別委員会で、民主党の玄葉光一郎氏は「政党名と候補者名にマルをつける記号式にしてはどうか」と指摘した。「個人名投票の前提に政党への投票がある」との与党の説明に対し、政党名と候補者名を併記した方が制度の趣旨にかなうというのが玄葉氏の主張だった。

 民主党内には「選挙区より比例代表で得票が落ちる自民党にとって、政党名との併記では非拘束式の意味が半減する」(幹部)という見方もある。

★「横流し」水掛け論★

 参院の野党5会派は26日の改正公選法成立後、連名で「個人票の『横流し』で自民党議席を民意に反して獲得しようとする悪法」などという抗議声明を出した。審議の中でも野党が共通して激しく追及したのは、1人の大量得票者が政党全体の票を底上げすることによって少ない縛票の候補者の当選を可能にする「票の横流し」問題だったが、水掛け論に終わった。

 非拘束式だと、落選した他党の候補より少ない得票で当選するケースもあり得る。「百点の選挙制度がない以上、不公平感はどの制度にもある。『この制度はこういう制度だ』と国民に理解してもらうしかない」(自民党幹部)というのが本音のようだ。

◆旧全国区での大量得票上位10人◆
  氏  名 政 党 職 業 得票数 選挙施行年
@ 石原慎太郎 自 民 作  家 301万2552 1968年
A 市川 房江 無所属 著 述 業 278万4998 80年
B 宮田  輝 自 民 団体役員 259万5238 74年
C 青島 幸男 無所属 放送作家 224万7157 80年
D 鳩山威一郎 自 民 参院議員 200万5894 80年
E 市川 房江 無所属 著 述 業 193万8189 74年
F 田  英夫 社 会 ジャーナリスト 192万1841 71年
G 宮田  輝 自 民 参院議員 184万4286 80年
H 青島 幸男 無所属 参院議員 183万3818 74年
I 中山 千夏 革自連 タレント 161万9629 80年
*敬称略

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