読売新聞−2000年(平成12年)10月17日(火)

悩める老健

 介護保険制度が4月に始まって、半年が過ぎた。高齢者にリハビリを行い、自宅に戻って生活できるようにすることを目的とした老人保健施設(老健)が、さまざまな課題を抱えながら模索を続けている。ショートスティ(短期入所)の利用に制約が多いなど、介護保険制度そのものに、改善すべき点が多い。家族が自宅への受け入れをためらうさまざまな事情、痴ほうの老人が自宅で暮らすことの難しさなど、簡単には解決できない問題も山積している。                       (石崎 浩、小山 孝)


【老人保健施設】

 病院や家庭から高齢者を一時的に受け入れ、リハビリなどを行い、再び家庭での生活を可能にするための施設。要介護1以上の人が入所できる。短期入所、日帰りでのリハビリ(デイケア)も行っている。現在、全国に2500か所以上の施設があり、約22万人が入所している。

「痴ほう」年々増える】

 痴ほうの高齢者を自宅で介護するのは、家族の肉体的、精神的負担が特に大きい。家族が施設への入所を希望することも多い。老健の入所者に占める痴ほう高齢者の割合は年々増えつつあり、厚生省の昨年9月の調査では、過去最高の85.7%に達した。
 同じ調査では、高齢者が老健施設を退所して自宅に戻れる割合が全国平均で41.4%と、前年より5.4ポイント減った。厚生省は「痴ほうの入所者が増えるほど、自宅に戻りにくくなる傾向にある」と見ている。
 こうした中、厚生省は、老健本来の機能を発揮させるために、退所しても家庭に帰れない高齢者が暮らす「高齢者生活福祉センター」の建設を促進する方針だ。従来は自治体や社会福祉法人だけしか建設費に国の補助金を受けられなかったが、近く医療法人も対象に加えたいとしている。老健の7割以上は医療法人が運営しているため、老健の近くにセンターが併設される例が増えそうだ。

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自宅復帰、家族が断る】

 老健に入所して高齢者の身体機能が回復しても、家族側の事情で自宅に戻れないケースが依然として多い。
 「母は要介護1なので、自宅に戻っても十分な介護サービスを受けられない。家族では介護できないので、施設で預かり続けてほしい」
 茨城県内のある老健で、80歳代の母親が1月から入所している会社員の男性が、施設の支援相談員にこう持ちかけた。
 自宅で寝たきりだった母親は、宅健でリハビリを受け、1人でトイレに行けるまでに回復した。一時帰宅を何回か繰り返すうち、「家で暮らしたい」と言うようになった。
 だが、入所中に、以前は介護の中心になっていた会社員の妻が、パートで働き始めていた。「家族にもいろいろな事情があるが、お年寄りのいない生活に、家族が慣れてしまった」と支援相談員は話す。

【短気入所 利用日数に上限 苦肉の受け入れ策】

 ショートステイを十分に使えない高齢者のための「苦肉の策」が、一部の老健で少しずつ広がる兆しを見せている。
 ショートステイは、家族が介護の疲れをいやしたり、冠婚葬祭などのために出掛けられるようにすることが主な目的だ。だが、介護保険ではショートステイを他のサービスと別枠扱いにし、「要介護1」の人は原則として半年に2週間などと、要介護度別に利用日数の上限を設けた。
 このため、利用を大幅に減らさざるを得なくなった人が多い。全国老人保健施設協会が8月に行った調査では、老健1施設当たりの延べ利用者数は、平均で昨年の54.9%に減った。
 そこで、「苦肉の策」では、ショートステイを希望する高齢者を、一般の入所者としての扱いにする。

 一般の入所では、退所の時期を事前に決めることは認められていない。だが、このやり方では、施設が利用者との間で、内々に「3週間後に退所」などと話し合った上で入所させる。
 厚生省は「ショートステイの利用枠は、多くの人に平等に利用してもらうために設けている」として、こうしたやり方で高齢者を入所させないよう、各施設に通知している。だが、「利用者や家族が困っていれば、やらざるを得ない」(東京都内の老健関係者)という反発が強い。
 ホームヘルパーなど通常の在宅サービスを限度額いっばいまで使わなかった人は、その分を月に最長2週間までショートステイに振り替えられる制度もある。
 だが、「要介護度の低い人が、介護保険の導入前と同じ程度に使おうとすると、ヘルパーなどのサービスが足りなくなる」(「呆け老人をかかえる家族の会」の高見国生〔クニオ〕代表理事)などの批判もある。

 こうした実態を受けて、厚生省はショートステイの利用枠をホームヘルプなど一般の在宅サービスと一本化し、その利用限度額の範囲内であれば、自由に使えるように改める方針を決めた。これにより、たとえば最重度の「要介護5」の人は、月に30日まで利用できるようになる。
 ただ、実施時期がはっきり決まっておらず、老健関係者や利用者から「あまりに悠長だ」と、早期実施を求める声が上がっている。

【笑わせる“ヘルパー”】

お笑いを提供する介護ビジネス 「笑って、元気になってや−」。笑福亭鶴笑さんの大げさな身振りに、会場のお年寄りたちから笑いがわき上がった。先月末、千葉県松戸市にある、訪問介護サービス大手「ニチイ学館」のデイサービスセンター。切り絵や人形劇の合間に、ギャグが繰り出される。 「介護の現場にお笑いを」をうたい文句に、芸能プロダクションの吉本興業がニチイ学館と提携、お笑いを提供する介護ビジネスに参入した。鶴笑さんの独演会ほその第一弾で、吉本興業ではさらに、介護が必要な人のために、字幕付きのお笑いビデオも制作していくという。

 「がん患者にうちの新喜劇を見てもろたら、がん細胞を殺すリンパ球が増えたというデータもあるんですわ」と、鶴笑さん。おなかを抱えて笑えば」病気も逃げていく!。



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改善へ模索 抑制 車いすに身体縛る 職員やってみた

腰だるく→しり痛み→イライラ→想像絶する苦痛

 全国の老健関係者が集まる「第11回全国介護老人保健施設大会」が今月4日から3日間、三重県四日市市で開かれた。

 大会では、痴ほうなどの高齢者を車いすやベッドに縛りつける「抑制」をなくす取り組みについて、多くの施設が研究発表を行った。

 神奈川県藤沢市の「藤沢ケアセンター」は、5人の介護職員が自分の体を車いすに固定してみた体験を発表した。それによると、1時間半でひざや腰がだるくなり、3時間後には、しりの部分に痛みを感じるようになった。時間とともに気分がいら立ち、高齢者と一緒にレクリエーションをしても、楽しめなかったという。介護福祉士の横山雅子さん(26)は「想像を絶する苦痛だった。抑制が痴ほうのお年寄りにとって逆効果になることを実感した」と結論づけた。

 また、昨年6月に抑制をやめた沖縄県北中城村の「若松苑」は「高齢者を常に観察していることが必要になり、介護する側の疲労度は増したが、入所者の尊厳を守るという大切なことに気づいた」と報告した。

自宅復帰の促進策議論  老健施設大会

 大会のシンポジウムでは、老健がどうすれば高齢者を自宅に復帰させる機能を十分に発揮できるのかについて、議論が交わされた。 白沢政和・大阪市立大教授は「今の制度は、利用者が在宅で介護を受けるより、施設に入所するほうが利用しやすく、高齢者が在宅で生活を続けたいと望んでいることと逆になっている」と指摘。在宅サービスの利用限度額などを見直し、利用者が在宅介護を選択しやすくすべきだと主張した。

 大阪府岸和田市の老健「大阪緑ケ丘」の河崎茂子施設長は「施設のリハビリの結果、お年寄りが自宅に帰れる状態になっても、家族が『もう少し施設でお願いできないか』と言うことが多い。月に何回か、家族に老健に泊まってもらい、スタッフから介護のノウハウを学んでもらうことが必要だ」と提案した。

 一方、祖父江元・名古屋大教授は、老健の入所者に痴ほう症状のある人が増えていることに触れ、「痴ほう症は原因によって必要な介護のパターンが違うので、よく見極める必要がある」などと指摘した。

問い合わせ先
老人保健施設に関する相談・問い合わせは、
全国老人保健施設協会(03・3225・4165)、
または、各市町村の介護保険担当窓口ヘ。

 

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世界の社会保障−中国 「介護の担い手 子から地域へ」

   ◆一人っ子政策で少子高齢化◆

 人口1300万人を数える中国最大の商工業都市・上海。市内のあちこちに真新しい高層ビルが立ち並ぶ中、下町にあたる黄浦区董家渡に来ると、まだ古い街並みが残っている。

 董家渡では、住民の23%が、中国では高齢者と定義される60歳以上だ。上海全体でも18%だから、かなり高い。「董家渡中国の老人施設の様子街道婦女連合会」が運営する「792老人ホーム」は、そんな一角にあった。

 「街道」とは、複数の居民(住民)委員会を組織する地方政府の末端組織で、日本の自治会・町内会に似た役割を持つ。婦女連合会は、その街道の婦人組織だ。ホームは、一人っ子政策による少子化で不要になった幼稚園を区政府から安く借り受け、1998年1月に開所した。

 国有企業を一時解雇された女性を職員として採用し、一石二鳥の試みとして、マスコミからも注目された。ホームの名前の「792」は、開設の際、積極的に協力してくれたラジオ局の周波数からとった。

 大部屋主体の施設で、総床面積は約40平方b。60歳代から90歳代までの9人が入居し、スタッフ5人が交代で世話をする。入居費は月額700元−1000元(1元=約13円)。中国の1人当たり国民総生産が6251元(98年)だからちょっと高めだが、「年金と家族からの仕送りで無理なく賄える」という。

 夕方になると仕事帰りの息子さんやお嫁さんが顔を出すのは、コミュニティーの施設ならでは。開所時からここで暮らす劉珠梅さん(92)は「子供と近くに住んでいたが、子供の仕事の関係で介護してもらうのが大変になり、ここに移った。子供は今も近くに住んでおり、さびしくない」と話す。

 老人ホームに代表されるコミュニティーサービスは「社区服務」と呼ばれ、86年初め、国務院民生部が、高齢者福祉を中心とする国民の生活支援の体制作りを提唱したのが始まり。同年、上海などでモデル事業が実施され、翌87年に全国規模での導入が決まった。

 主に都市部で活発に行われており、例えば上海では、老人ホーム、託児所、幼稚園の時間外保育のほか、牛乳配達、プロパン中国での老人施設の運営形態配達、クリーニングも。高齢者施設はかつて、所得がなく、扶養者も身寄りもいない「三無老人」が対象だったが、住宅事情や核家族化の進行により、劉さんのように家族のいる高齢者や年金生活者もニーズに応じて有料で受け入れている。

   ☆    ☆

 運営にあたっては、街道婦女連合会などの地域組織が重要な役割を担う。董家渡街道を含む黄浦区南市地区の場合、20か所の老人ホームのうち12か所を、街道婦女連合会、街道、居民委員会がそれぞれ独自に運営する。

 とはいえ、あくまで独立採算で、安価で使える場所がないと運営は難しい。董家渡街道婦女連合会の陸麗華会長(48)は「今後、老人ホームや社交場などの整備を進めたいが、なかなか適当な建物がない。少し離れたところなら物件を確保しやすいが、そうなると利用者にとって不便」と話す。

 同連合会ではこのほか、在宅ケア支援のため、要介護高齢者のいる世帯と、ボランティアでケアする家の組み合わせを作っている。援助する側は、政治、経済、文化的に優良と認定された「五好家庭」などから選定。董家渡街道では約700世帯が、この制度で支援を受けている。

 高齢者の扶養義務は、中国では基本的に子供にある。だが、一人っ子同士が結婚した場合、双方の両親4人を扶養しなくてはならない。先進各国と違い、豊かになる前に高齢化を迎えた中国もまた、ボランティアに依拠した地域サービスの拡充を、行政主導で急がざるをえない状況にある。

 (上海 高山伸康、写真も)

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