毎日新聞−2000年(平成12年)10月17日(火)

余  録

 「愛着がある地域なのだ。世話になった地域なのだ。……何かしろ。何が出来る? 判らなければ現地にまずは行け」。作家、田中康夫さんは、日記にこう書きつけた。

 長野県卸事選に立候補する決心を固めた日のことではない。「神戸震災日記」(新潮文庫)の一節だ。神戸などの市役所へ電話して、ボランティアで参加したいのですがと言うと、「足りてます」とにべもない。そこで直接、バイクにまたがり、必要な物を届けて回った。

田中さんのボランティア活動は「神戸震災日記」に詳しい。田中さんは「ボランティアとは、自分自身をも成長させてくれる思索的営為でもあるのです」と述べている。その言葉通り、神戸でのボランティア体験を経た田中さんの成長は、目をみはるものがある。

一昨年、神戸空港の是非を問う神戸空港・住民投票の会の代表世話人の一人として、署名集めに奔走した。田中さんは「神戸が真に魅力的な街へ戻るための愛情運動であり、形骸化した主権在民への静かな異議申し立てだと思う」と住民投票の意義を強調した。

従来の市民運動の概念を超えた<個々人選動>だったが、署名は35万人を超えた。「都会の住民が社会に無関心かといえば、そんなことはない。実は社会の在り方に疑問を抱く、自分と同じ体温を持つ人間なのだと確認しあえたと思う」と語っている。神戸への愛情運動を長野に適用しようとしたのが田中さんの長野県知事選出馬だった。

既成組職から「足りてます」と言われながら、田中さんが実行したのは個々人運動である。「長野で行われたのは究極の住民授票だと思います」と田中さんも言っている。ボランティアで育った新しいタイプの政治家が誕生した。田中さんは、ボランティアを篤志奉仕と訳している。政治家の仕事も本来は篤志奉仕だった。

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