毎日新聞−2000年(平成12年)10月16日(月)

   食−介護 生きる意欲を  その人の「文化」、壊さず

 介護を必要とする高齢者は現在、280万人。在宅介護で重要なのは@排泄、A入浴、B食事、C触れ合い−と言われている。「このうち食事についてだけは、介護者に多少の専門知識をもってほしい」と、専門家らは訴える。誤った介護食は、生きる意欲をなえさせる場合もあるからだ。意外に知られていない、老いの「食」について考えた。

   【斉藤希史子】

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 老化は、かみくだいて飲み込む「そしゃく・えんげ」機能や、消化機能の低下をもたらす。看獲の現場ではこのため、チューブを使った「流動食」や、「刻み食」が採用されてきた。しかし、新潟大学歯学部の山田好秋教授(口腔生理学)は「自ら摂食したいという欲求は本能。それを失うことは、生への意欲をなくすこと」と指摘する。被介護者の「力」を保つためには、栄養バランスも大切だが、その人が培ってきた「食文化」を壊さないことが重要という。

 もちろん、調理上の工夫も必要だ。藤田保健衛生大学医学部の才藤栄一教授(リハビリテーション医学)のまとめた「食べやすい食物の条件」は、@大きさ・密度が同じ、A適度なとろみがある、B口やのどを通るときに形が変わりやすい、Cべたつかず、粘膜に付きにくい−の4点。具体的にはネギトロやチーズ、ゼリーなどが挙げられる。味付けは「塩気が利いていないと、まずいと感じる高齢者が多い。余命が20年、30年と見込める人以外は、塩分を控える必要もないのでは」と、山田さんは言う。

 のどの交通整理が困難になるため、胃に送るべき食物が肺に入ってしまう「誤えん」も後を絶たない。最も危ないのは、固体と液体など性質の異なる素材が混じった食品。のどに張りつきやすいワカメの入ったみそ汁などが代表格だ。また「万一、誤えんをしても、細菌が食物に付着して肺に入るのを防ぐため、口内を清潔に保ちましょう」と、山田さんは呼び掛ける。

「手抜き」批判は意識改革が必要

 超「高齢社会」の到来を前に、企業も介護食の開発にしのぎを削る。キューピー(東京都渋谷区)は昨年、介護食シリーズ「やさしい献立」の市販を開始。レトルトのうどんなどが中心だが、先月発売された「かんたんゼリーの素」(10個入り700円)は、楽しめる「えんげ補助食」として話題を呼んでいる。

 お茶やスープなどの液体に加えてかき混ぜ、しばらく待つと、ゼリー状になる。主原料はカルシウムと、リンゴなどに多く含まれるペクチン。この2素材が混ざると凝固する性質を応用した新商品。みそ汁までも一手間で固めるので、介護する側、される側とも、その過程を楽しめそうだ。

 亀田製菓(新潟県亀田町〕は来月、レトルトの「ふっくらおかゆ」(1食分150円)を発売予定。粘りが強すぎるとのどにつまる恐れがあり、逆にコメと水が分離しても、誤えんを招きやすい。「その中間の適度なとろみを実現するのが難しく、完成まで2年を要した」と金津猛社長。

 最大の特長は、給仕するのに適したスプーンが、併せて開発された点だ。地元の金属洋食器メーカー、青芳製作所(新潟県燕市)と共同で取り組んだ。一口分4cがちょうど乗るよう設計されている。ステンレス製、500円。同社は「自助貝」開発に力を入れてきたが、「高齢化は待ったなし。今後もユーザーのために業種を超えて、『介護食』回りの商品を作っていきたい」(同社常務、秋元幸平さん)という。

 これらの商品のパッケージには、「介護」の文字が入っていない。出来合い食品の利用には「手抜き」という批判も根強く、購入時に他人の目を気にする介護者が多いのだという。「たまには調理の手間を省いても、食事を共に楽しむ時間に充てれば、介護する側もされる側も幸せ。そろそろ介護食をめぐる社会全体の意識を改革すべきでは」と、関係者は呼び掛ける。

☆病院食に“愛情料理”を☆

 「味気なさ」の代表格とされる病院食。東京都世田谷区の福原病院では現在、その改善に向け、福原寿万子院長らが試作を続けている。福原さんは自らの入院体験から「ベッドの上で割れない器に盛られた冷凍食品を食べていては、生への意欲はわかない。作った人の愛情が感じられる料理を、明るい食堂で食べたい」と痛感した。その食堂は、地域の寂しいお年寄りにも開放したいという。

 「日本の医療は手術や投薬のみに重きをおいてきたが、実は食事こそ治療の柱」と福原さん。さまざまな規則や費用など、課題は山積みしているが、「まずは行事食の改善から始めたい」と意気込んでいる。

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