毎日新聞−2000年(平成12年)10月01日(日) 

 余    録

 シドニーオリンピックも今日が閉会式。熱戦は世界中を魅了した。鍛えぬいた人間があれほど強く速く美しくなる神秘の世界を堪能した。勝負に全身全霊をかける選手たちから、強烈なメッセージが伝わってくる。それはすがすがしく、力強く、生きる意味さえ感じさせる。世界には想像以上にたくさんの人が住んでいて、それぞれ必死にがんばっていることもわかった。

 多くの競技で1秒の何分の1という瞬間の動作が勝負の分かれ目になる。だから面白い。そのかわり審判も間違う。空間や時間と、それに比べあまりにも有限な人間が戦うのだから当然だ。運不運も付きまとう。だから金より価値のある銀もあれば、メダルに程遠い感動も多い。

 柔道の篠原信一選手の銀メダルに憤慨した日本のファンが、あの時の主審だったニュージーランドの教師クレイグ・モナガンさんに電子メールや手紙で猛烈な抗議をした。「殺してやりたい」という内容まであり、本人は国外に逃避したという。そんな抗議は情けない話だ。みっともないことをしてはいけない。篠原選手の「弱いから負けた」という潔く深遠な一言が死んでしまう

 「日本人は、特に柔道家は自制心を名誉とするのではないか」とニュージーランド柔道連盟のオラーク会長は、この事態に驚いている。勝敗は時の運。見た人はみんな知っている。篠原選手の地元では金メダルセールをやった。金をいうなら日本選手団が全員で勝ち取った金メダルが五つ。マリオン・ジョーンズ選手は一人で五つ取るはずだった。

 柔術を柔道としてよみがえらせたのが嘉納治五郎氏だ。戦前カイロのIOC総会で東京にオリンピックを招致、その帰路、氷川丸船中で病に倒れた。柔道がオリンピック種目になるのはその26年後。審判に文句を言う前に先人の努力に感謝しよう。

いっぽのコメント
 そのとおりです。他人の努力や生き方の美しさを学び、自己の手本としなければいけません。「代わりに抗議した」とは“詭弁”以外の何者でもない。他人の美しさを見て、自分が醜い行ないをしては何にもならない。

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